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8月 29, 2014 / 2 リアクション
8月 29, 2014
この国は壊れる 「少子高齢化対策がないのだから必然」
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8月 29, 2014

この国は壊れる 「少子高齢化対策がないのだから必然」

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8月 28, 2014
8月 28, 2014 / 5 リアクション
8月 28, 2014 / 1 リアクション
創価学会員の方々は、この対談を忘れてしまったのだろうか。
ルネ・ユイグ氏『1978年、イギリスのある工場で生じた放射線の”漏洩”です。それは何週間にもわたって気づかれないまま、働いている人々の大部分の健康を害したのでした。  事実、ルプランス=ランゲ教授が(1973年6月、テレビジョンで)指摘していたように、事物の自然の働きの中では、視覚、聴覚、嗅覚、あるいは味覚等の感覚が私たちに急を報せるようになっており、それによって、私たちは危険を見破ることができます。核の危険の場合は、私たちの器官が反応するのは損傷を受けたあとで、そのときは、もう遅いのです。  ただ、人工の探知機だけが、それもたまたま運よく使ったときに、防御の役をしてくれることがあります。「全く偶発事故です」と人々は抗弁します。私たちが恐れているのは、まさにその”事故”なのです。しかも、それは例外的に多く起こることもありえます。広島の原爆は、今日では小さな蒼白い”おもちゃの爆弾”にすぎません。(ドゴール将軍がつくらせたのは、さんざんバカにされたものですが、それでも、すでに広島のをはるかにしのいでいました)が、忘れてはならない警告です。核兵器は人間の上にのしかかっている新しい脅威であり、人々は、しばしば恐怖をもってそれを意識します。  しかし、なんというジレンマでしょう。今から西暦2000年までには、フランスだけで、200の原子力発電所ができると予想されており、わが国の社会が正常に機能していくために不可欠なものになろうとみなされています。 もし、技術的な事故を確実に防げる手がなく、悪くすると破滅をもたらすかもしれないとするなら、現代社会は、この廃棄物の恐るべくも持続的な作用に対して、少なくとも、どのように用心すればよいでしょうか。たしかに、計画がないわけではありません。地球内部に核爆発でつくったガラス状のポケットの中に捨てるという案もありますし、それがダメなら太陽の中とか、あるいは恒星空間へ発射するというのもあります。  しかし、そんなことが、いつ実現できるようになるでしょう。現在のところは、この恐ろしく有害な物質をコンクリートづめにして、毎年何千トンも海中に沈めているのです。この容器が、どれくらいの期間、潮流に耐えられるでしょう。そしてそれが破損したときはどうなるでしょうか?  注目すべき実例が一つあります。1970年8月、アメリカで、危険な神経性ガスを廃棄しようとして、12500発がフロリダ沖、5000メートルの海底に沈められました。それが、たちまち腐蝕して破損したのです・・・・・。セメントなら、もっと長もちするでしょうが、それにしても永久的なものではないでしょう。これらは、人間が、実利的な発展をもらたしてくれる”進歩”を、坂道を滑り落ちるように、そのなるがままにしておくとき、わが身をさらすことになる重大な危険の、いくつかの例にすぎません。しかも、その滑走は、手の施しようのない墜落になるかもしれないのです。』
池田大作氏『蓄積されている量がある限界まで達しなければ無害か、有害であっても致命的ではないのが、核以外の物質の汚染でした。 ところが、核エネルギーの廃棄物の場合は、それがどんなに少量であろうと、必ず致命的な害を及ぼすのです。 その意味で、核エネルギーの開発と実用化は、その目的がたとい平和利用であっても、即時に中止すべきであると考えます。 そして、もし、絶対的で、永久的に安全な廃棄物の処理法が発見されれば、そのときはじめて利用を再開してもよいと思います。 しかし、それまでは、全面的に中止し、危険な廃棄物を生じないエネルギー資源の開発、循環可能で枯渇の恐れのないエネルギー資源の開発に、現代科学の総力を傾注して取り組むべきであると思うのです。』大白蓮華1981年3月号「闇は暁を求めて」 ルネ・ユイグ/池田大作 対談(講談社)から引用
自民党に10年以上もすり寄る公明党は、すでに学会員の平和への思いとかけ離れた政党になっているのではないのか。集団的自衛権の対応も同様に、さも正しい選択をしていると信じ込ませようとしているのではないのか。政教分離で自民党の強行右派に脅迫され「すり寄り」を選ぶ公明党を安易に認めてはいないのか。だとすれば、戦前戦後長年の迫害を受け続けながらも布教を貫いた精神はどこかえ消えてしまったのでしょうか。過去と違い貧乏人が少なくなってきた現学会員としては、正しい決断よりも協調路線を選ぶ方が利口だと感じているのでしょうか。池田氏は執筆は辛うじて可能?だが、何らかの病に伏して闘病中ではないかと、私は勝手に想像していますので、この状況は、多くの信者をまとめるには困難になっていると思えてならない。だからこそ公明党でも東京都などの都会と沖縄の党本部や地方の学会員の感覚の隔たりが顕著になっていると推察します。(知り合いの婦人部幹部との対話で感じた)
私は、安易に敵を作ることを嫌います。アンチ学会のネット民とは距離を置いていますので、反学会の立場ではありません。
結局のところ、国民の生命と財産を守る、人権を守る、子供の未来を育む政治、政治家が必要だと思います。ですので選挙で勝利するためには、敵を作るよりも一人でも多くの支持者を増やす闘いが先決ではないかと感じています。
「全ての思いや考え方が同じでなくてはならない」となったら一歩も前へは進めません。公明党や学会中枢幹部の奇妙な言い訳を鵜呑みにしている末端学会員の方々は、池田氏が書籍まで出版した「ルネ・ユイグ氏との対談」を再度、熟読した方がいいのではないかと思う次第です。そして、脱排他的世界、卒原発、反戦争への長い闘いの列に一緒に連ねて欲しいと切に願っています。一人でも多くの学会員の方々が、これまでの反骨精神を取り戻したならば、必ずや支持者も広がるはずです。恩師が目の前にいないのなら、その時が、あなたの信仰の自立の時ではないでしょうか。

ルネ・ユイグ(René Huyghe、1906年5月3日 - 1997年2月5日)はフランスの美術史家、随筆家。フランス学士院のアカデミー・フランセーズ会員(1960年–1997年)。フランス北部のアラス生まれ。  1927年、ルーブル美術館の絵画部長。1951年、コレージュ・ド・フランスの教授(造形芸術心理学)。国立博物館協議会の会長、ジャックマール・アンドレ美術館の館長等を歴任。1966年には「エラスムス賞」を受賞。1995年春には、在外外国人として、日本の「勲二等旭日重光章」を受章している。  1959年と1974年の2度、来日している。wikipediaから
8月 28, 2014 / 4 リアクション

創価学会員の方々は、この対談を忘れてしまったのだろうか。

ルネ・ユイグ氏
『1978年、イギリスのある工場で生じた放射線の”漏洩”です。それは何週間にもわたって気づかれないまま、働いている人々の大部分の健康を害したのでした。  事実、ルプランス=ランゲ教授が(1973年6月、テレビジョンで)指摘していたように、事物の自然の働きの中では、視覚、聴覚、嗅覚、あるいは味覚等の感覚が私たちに急を報せるようになっており、それによって、私たちは危険を見破ることができます。核の危険の場合は、私たちの器官が反応するのは損傷を受けたあとで、そのときは、もう遅いのです。  ただ、人工の探知機だけが、それもたまたま運よく使ったときに、防御の役をしてくれることがあります。「全く偶発事故です」と人々は抗弁します。私たちが恐れているのは、まさにその”事故”なのです。しかも、それは例外的に多く起こることもありえます。広島の原爆は、今日では小さな蒼白い”おもちゃの爆弾”にすぎません。(ドゴール将軍がつくらせたのは、さんざんバカにされたものですが、それでも、すでに広島のをはるかにしのいでいました)が、忘れてはならない警告です。核兵器は人間の上にのしかかっている新しい脅威であり、人々は、しばしば恐怖をもってそれを意識します。  しかし、なんというジレンマでしょう。今から西暦2000年までには、フランスだけで、200の原子力発電所ができると予想されており、わが国の社会が正常に機能していくために不可欠なものになろうとみなされています。 もし、技術的な事故を確実に防げる手がなく、悪くすると破滅をもたらすかもしれないとするなら、現代社会は、この廃棄物の恐るべくも持続的な作用に対して、少なくとも、どのように用心すればよいでしょうか。たしかに、計画がないわけではありません。地球内部に核爆発でつくったガラス状のポケットの中に捨てるという案もありますし、それがダメなら太陽の中とか、あるいは恒星空間へ発射するというのもあります。  しかし、そんなことが、いつ実現できるようになるでしょう。現在のところは、この恐ろしく有害な物質をコンクリートづめにして、毎年何千トンも海中に沈めているのです。この容器が、どれくらいの期間、潮流に耐えられるでしょう。そしてそれが破損したときはどうなるでしょうか?  注目すべき実例が一つあります。1970年8月、アメリカで、危険な神経性ガスを廃棄しようとして、12500発がフロリダ沖、5000メートルの海底に沈められました。それが、たちまち腐蝕して破損したのです・・・・・。セメントなら、もっと長もちするでしょうが、それにしても永久的なものではないでしょう。これらは、人間が、実利的な発展をもらたしてくれる”進歩”を、坂道を滑り落ちるように、そのなるがままにしておくとき、わが身をさらすことになる重大な危険の、いくつかの例にすぎません。しかも、その滑走は、手の施しようのない墜落になるかもしれないのです。』

池田大作氏
『蓄積されている量がある限界まで達しなければ無害か、有害であっても致命的ではないのが、核以外の物質の汚染でした。 ところが、核エネルギーの廃棄物の場合は、それがどんなに少量であろうと、必ず致命的な害を及ぼすのです。 その意味で、核エネルギーの開発と実用化は、その目的がたとい平和利用であっても、即時に中止すべきであると考えます。 そして、もし、絶対的で、永久的に安全な廃棄物の処理法が発見されれば、そのときはじめて利用を再開してもよいと思います。 しかし、それまでは、全面的に中止し、危険な廃棄物を生じないエネルギー資源の開発、循環可能で枯渇の恐れのないエネルギー資源の開発に、現代科学の総力を傾注して取り組むべきであると思うのです。』
大白蓮華1981年3月号「闇は暁を求めて」 ルネ・ユイグ/池田大作 対談(講談社)から引用

自民党に10年以上もすり寄る公明党は、すでに学会員の平和への思いとかけ離れた政党になっているのではないのか。集団的自衛権の対応も同様に、さも正しい選択をしていると信じ込ませようとしているのではないのか。
政教分離で自民党の強行右派に脅迫され「すり寄り」を選ぶ公明党を安易に認めてはいないのか。だとすれば、戦前戦後長年の迫害を受け続けながらも布教を貫いた精神はどこかえ消えてしまったのでしょうか。過去と違い貧乏人が少なくなってきた現学会員としては、正しい決断よりも協調路線を選ぶ方が利口だと感じているのでしょうか。

池田氏は執筆は辛うじて可能?だが、何らかの病に伏して闘病中ではないかと、私は勝手に想像していますので、この状況は、多くの信者をまとめるには困難になっていると思えてならない。だからこそ公明党でも東京都などの都会と沖縄の党本部や地方の学会員の感覚の隔たりが顕著になっていると推察します。(知り合いの婦人部幹部との対話で感じた)

私は、安易に敵を作ることを嫌います。アンチ学会のネット民とは距離を置いていますので、反学会の立場ではありません。

結局のところ、国民の生命と財産を守る、人権を守る、子供の未来を育む政治、政治家が必要だと思います。ですので選挙で勝利するためには、敵を作るよりも一人でも多くの支持者を増やす闘いが先決ではないかと感じています。

「全ての思いや考え方が同じでなくてはならない」となったら一歩も前へは進めません。公明党や学会中枢幹部の奇妙な言い訳を鵜呑みにしている末端学会員の方々は、池田氏が書籍まで出版した「ルネ・ユイグ氏との対談」を再度、熟読した方がいいのではないかと思う次第です。
そして、脱排他的世界、卒原発、反戦争への長い闘いの列に一緒に連ねて欲しいと切に願っています。一人でも多くの学会員の方々が、これまでの反骨精神を取り戻したならば、必ずや支持者も広がるはずです。恩師が目の前にいないのなら、その時が、あなたの信仰の自立の時ではないでしょうか。

ルネ・ユイグ(René Huyghe、1906年5月3日 - 1997年2月5日)はフランスの美術史家、随筆家。フランス学士院のアカデミー・フランセーズ会員(1960年–1997年)。フランス北部のアラス生まれ。  1927年、ルーブル美術館の絵画部長。1951年、コレージュ・ド・フランスの教授(造形芸術心理学)。国立博物館協議会の会長、ジャックマール・アンドレ美術館の館長等を歴任。1966年には「エラスムス賞」を受賞。1995年春には、在外外国人として、日本の「勲二等旭日重光章」を受章している。  1959年と1974年の2度、来日している。
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8月 26, 2014 / 3 リアクション
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